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健康情報 ⇒ 医薬品
⇒ 良く効く薬-関節痛に ⇒ 決断の時 もう手術しちゃおう・・・ それまで、手術より良い方法があるような気がしていたけれど、ここまでくると、手術が最善の方法のような気がしてきます。 そして、一刻も早く楽になりたかったのです。 病院に着いてすぐに、MRIを撮りました。 無理をしても、もう前回のように真っ直ぐな体勢になれなかったので、横を向いての撮影です。 なんとか撮影が終わり、診察室へ行って画像を見てみると、前回よりも酷くなっているではありませんか!! しかも、ヘルニアは1ヶ所だけではなく、3ヶ所も・・・
先生:「普通は背骨がこーやってS字を描くんだけど、君のはこ〜やって、逆のS字を描いてる」
私:「はぁ・・」
先生:「特にココの軟骨は殆どなくなっていてグラグラなんだよ」
私:「はぁ・・」
先生:「手術するかどうかは自分で・・・
私:「手術してください!!」
もう、一度やると決めたら、腰の中身がどうなっていようが、「一刻も早くやって欲しい」 としか考えられなくなっていました。
こうやっている時間も痛みに襲われっぱなしなのですから。
そして、ブロック注射を打って、そのまま入院しました。←注射も効果なし
しかし、残念なことに、その日は金曜日・・・
月曜日まで待たなければなりません。
その日の夜、睡眠剤を飲んで横になると、しばらくして、思考がグルグル回って(←目を閉じていたからか、そう感じました)、
久しぶりに2時間ほど眠ることができました。
そして、翌日も・・・
と思ったけれども、さすがに翌日は寝れませんでした。
月曜から、いくつか手術前の検査が行われました。
メチャメチャ痛い検査、と聞かされていても、既に痛さ全開で臨んでいるせいか、ちっとも痛いと感じなかったことはラッキーでした。
また、お見舞いに来た母から聞いた話では、この病院はヘルニアの手術においては相当に有名だということ。 もちろん上手いということでです。
知らなかったことだけに、得した気分になりました。
福井に戻ってこなかったら、まだMRIも撮っていない時期です。
もし、あのまま放っておいたら、向こうで手術して、きっと、手術は失敗していただろう・・・ 助かった。
なんて訳の分からないことを考えながら手術を待ちました。
そして、手術!!
内容は、飛び出した軟骨を取り除き、グラグラになっている背骨2個をボルトで固定するというもの。
ここまでしなければならない人はあまりいないようです。
これまで虫垂炎(盲腸)にもなっていなかったため、初めてメスを体に入れます。 ドキドキ・・
しかし、ブロック注射でも全然楽にならなかったのに、全身麻酔までもが効かなかったらどうしよう・・・
いらない心配をしつつも、それでも早くやって欲しい!!
ベッドに乗ったまま手術室へ向かう時にはワクワクして、もう半分は治った気分。
手術室では、体を動かせないから何が起こっているのか、良く分からなかったけれど、麻酔科の先生が来て少ししてから、 「この手が見えますかー」 と質問され、もう始まってるのか? と思いながら、「はい」 と言ったとたんに、視界が一瞬で ボヤ〜 となって、次に気が付いた時にはもう手術は終わっていました。
朝方5時ごろ、そこは病室でした。
ノドが痛くて、呼吸するのが辛かったけれど、腰が痛いとは思いませんでした。
腰が痛くないなんて久しぶり!! 感激です!!
その後、5日間はピクリとも動かず、動けるようになる日を待ちました。
その間に、かかとが床ずれのようになってしまいましたが、こんなの、それまでの痛みに比べれば何でもありません。
5日目に、私専用のコルセットが届きました。
弱った腰を守るための必需品です。
普通は手術後にメッシュの頑丈な、誰が見ても ”コルセット” ってやつが届くハズなのですが、 私の場合、背骨を固定する大手術だっただけに、普通と違って、”プラスチックの大きな筒” が来ました。
装着すると、まるでドラム缶のロボットです。
それを寝たまま付けてもらい、早速立とうとしたら、
あれ?
体が全然動きません。ベッドの横に待機している歩行器まで行きたいのに、ベッドの真ん中から、端っこまでの20センチが動けないのです。 手伝ってもらってやっと歩行器に辿りつくと、今度は立ったとたんにメマイが・・・ たった5日間動かないだけで人の体はこんなにもダメになるものなのか・・・
私の場合は5日間動かなかっただけだけれど、ほんの2年前までは、2週間くらいは安静にしていたとのことです。
もし、最初にこの病院に来た時に手術をしていたら、このパターンでしたので、その時に手術を見送ったことはラッキーだったのでしょう。
ともかく、歩けるようになりましたが、座ることはダメです。
というか、座れません。 トイレでは、毎回手に汗握ります。
また、自動販売機でジュースを買っても、取り出し口からジュースを取り出せません。 しゃがむこともできないのです。
そんな状態でも、毎日少しずつ歩いて、少しずつ体力を付けていきました。
同じ時期に入院して来た多くのヘルニア仲間(?)は、毎日2回、リハビリ室へ行って、あの素敵な電気マッサージを受けてきます。
早くあれができるまで回復したいと思い、外に散歩に出かけるようにしました。
病院用のスリッパと外出用のスリッパを履き替えると、下にあるスリッパを拾い上げることができないため、木でできた大きなハサミを携帯していました。
久しぶりの外の空気は爽快です。
しかし、外は危険が一杯でした。
まず最初に、非常にゆっくりとしか歩けないため、信号機が青になったからといって、赤になる前に反対側に渡れるかどうかも微妙なところです。
しかも、最初の頃は、横断歩道の白い線につまずいてしまうのです。
ガンッ となってよろけ、後ろを見ると何もない。
しかも、つまずくと、腰に響いてとっても痛いのです。
しばらくは動けなくなります。
病院内の平坦な廊下ばかり歩いていたから気付かなかったけれど、少しでも凹凸のある道路では簡単につまずいてしまうほどに、足が上がらなくなっていたのです。
しかし、道路で転ぶわけにはいきません。
ドラム缶をまとった私は、一旦転んだら自力では立ち上がれないのです。
また、一見転がりやすそうなのですが、実際には、転がることもできません。
そんな状態ですが、ただ散歩をしてもつまらないので、近くの書店で立ち読みをするようになりました。←パジャマのまんま
下の方に平積みにされた本は射程距離外です。
棚に入っている本を読んでいました。
食事は立ったままでしたが、別に苦痛ではありませんでした。
お風呂は、ドラム缶を付けたままです。
もちろん、ドラム缶の部分は洗えませんので、あとで蒸しタオルで拭いてもらっていました。
ただ、いろいろ歩いたりしていると、やっぱり腰が痛くなってくるのです。
歩いている時というより、夜、誰もが寝静まり物音一つしなくなった時に、ズキズキしてきました。
最初のころは、1時間おきに起きていて、徐々に1時間半、2時間と、起きる間隔が短くなってきていたので、気長に考えていました。 また、そこで起きていた分、日中のざわざわした中では、逆によく寝ることができました。
手術から随分と経過して、もうすぐ退院という時に、私にもようやく普通のコルセットを使っても良いという許可が下りました。
コルセットを作る前に、腰周りなどを計測するため、腕を支えられて、立ったままドラム缶を外すと、腰に ズシーン!! とくるものがありました。
長らくドラム缶に支えられていたために、更になまくらな腰になってしまったようです。
しかし、普通のコルセットをして数日すると慣れてきました。
あとは退院するのを待つだけです。
↓お世話になったコルセットです。普通のコルセットの100倍の固定力!!
※プラスチック製の大型コルセットは邪魔なので病院で始末してもらいました。