勉強、仕事は誰のため?

[2020/9/10]

自分の専門分野やその周辺についてせめて一定程度の勉強をしないことには、一歩目からおかしな方向に進んでしまい迷走してしまいそうです。そんな感触がずっと昔からあったものですから、まあまあそこそこの勉強はしてきたつもりなのですが、しかしここにきて思うのは、「知識を何のために積み重ねるのか?」 ということを先ずもってしっかりと考えないことには、自分が得た知識を自分のためだけに使ってしまう傾向にあるようだ、ということです。

例えば、自称頭が良い人って、やけに言い訳が上手かったりしませんか? そして、役に立つ人材ですか?

更に、自分の知識が正しいという思い込みによっていろいろと弊害を生むことはそこかしこで表れ、結果、余計ないざこざが生じます。これは他者がどうだということもあるけれども、私自身の言動からも反省すべき点が少なからずありますので、もう少し柔軟になりたいところです。

私は正しくない、と思うのはなかなか難しいですね。

 

ところで、勉強と仕事はどちらも行政に深く組み込まれているものであり、これらは突き詰めれば世間のためにするものです。もし仮に個々人がそれぞれ自分の利益しか考えない世の中だとしたら、きっと狩りに向かうことが日常とならざるを得ないでしょう。

現状有る富は勉強と仕事が他者のために機能した結果なのですから、そういう意識が必要です。

そう考えますと、親が子どもに勉強をさせたいがために、「アナタのため」 などと言うのはどうなんでしょうか? 勉強や仕事の酬いが回りまわって自分に返ってこなくても、直接間接に因果関係が有ろうが無かろうが、誰もがそういう意識を持っていさえすれば、「アナタのため」になることに変わりはありませんよね。 ただまあ、「アナタのため」という言葉は「皆のため」に替えた方が正しいですね。

 

 

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